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私のうつ病闘病記

4)再び休職、急変
今度は自分で精神科医を探さなくてはいけなくなりました。おまけに体調もかなり悪くすぐに診察して診断書を出してもらえる医師を探さなくてはいけません(本来なら何度か診察を行った上で診断が下るのがまっとうだと思います。精神科医も神様じゃありませんから、ちょっと見た程度ではわからないことが多いと思います。ただかなり重症な場合はすぐに判断がつくこともあると思いますが)。昔独身時代に住んでいた家の近くに精神科の病院があったことを思い出し、そこへ電話をして予約を取りました。その病院は夜も遅くまで(20時まで)やってくれていたので、早速診察を受けることにしました。これまでのいきさつを大まかに説明し、いくつかの質問を受けとりあえず診断を下してもらいました。やはりうつ病で間違いないでしょうとの事で、休職してしばらく休んだほうが良いでしょうと言って頂けました。診断書も即日発行してもらい、平成17年3月1日、会社へ再度療養休暇のお願いをし、診断書を提出しました。とりあえず、処方も抗うつ剤(ノリトレン)を含む薬剤を出してくれました。これでまたしばらく家で寝ていなくてはいけないのかと思うと少々悲しかったですが、その時はうつ病とはいえ症状は精神的なものは殆んどなく、食欲不振と、吐き気、下痢が主な症状でした。しかし、会社をまた休んでしまったという無念さと、いつになったら治るんだろうという不安感が増したせいか、その二日後からうつ病の大きな特徴である不眠が出るようになりました。夜まったく眠れないのです。目をつぶっていても耳がものすごく敏感になりそれに気を取られてずっと眠れないのです。耳栓をして寝てもみました。でも変な悪夢を見てすぐに目が覚めてしまうのです。そういう日々を4日ぐらい過ごしたところでかなり精神的にもおかしくなってきていましたが、呼吸が苦しく心臓あたりに胸痛が出て吐き気によっても呼吸が乱れるようになり遂に早朝5時ぐらいに救急車で搬送されました。搬送先の病院でとりあえず、輸液に制吐剤プリンペランを混ぜたものをし、脈拍観察による経過をしばらく見てもらいました。2時間ぐらい(点滴1本ぐらい)経ったところでかなり呼吸も落ち着いてきたということで、帰って良いですよと言われてしまいました。自分でもなんだったんだろうと思いながら、早朝の電車でふらふらしながらも家にとりあえず帰りました(寝巻きの状態で搬送されたので、帰る時電車に寝巻きの状態で乗ってしまい、結構恥ずかしかったです。こういう時は近くでもタクシーで帰りましょう!)。嫁さんには会社を休んでもらいその日は私の面倒を見てくれました。しかし、家事もできないような状態の私を会社勤務している嫁さんに毎日面倒を見てもらうわけにもいかず、入院というのも結構大変なことなので親に相談したところ、実家に戻ってくれば面倒を見てやると言われました。この年でまだ親に面倒を見てもらわないといけないと思うと泣けるぐらい情けなかったですし、また、東京に嫁さん一人置いて実家に行くことに抵抗がなかったわけではありませんでした。しかし、選択肢としては実家で面倒を見てもらうしかありませんでした。ただそれにしても体がかなり体力、気力ともに衰弱している状態で実家の岡山まで行くのも簡単なことではありませんでした。そこで移動途中に逝き倒れても良いように母親と弟がわざわざ東京まで迎えに来てくれ新幹線で実家、岡山に帰ることとなりました。また、岡山に行くにあたって病院も変わってしまうので、先日受けた精神科医に診断してもらい、紹介状を発行してもらいました。

5)実家での闘病
何とか新幹線の中で座っていられたので特に横になったりせずに岡山までたどり着けました。実家に着いてすぐに横になり、それからは殆んど一日中トイレ以外は横になっていました。しかし、東京の精神科医からもらった薬が切れる前に岡山での精神科医院に行かないといけません。殆んどポカリスエットだけで生きていたような状態で、車に乗り弟の運転で家から10分ぐらいの医院へ行きました。しかし、車に乗っても世界がぐるぐる回っているような感じがしますし、初めての岡山の病院での待合時間、椅子に座っているのがかなり辛かったです。で、診察の時に今までの経緯と東京の精神科医の紹介状、今の状態を話したところ早速点滴を打ってくれました。投薬の処方が変わり、抗うつ剤はアンプリットになりました。アンプリットは三環系(解説1解説2)と呼ばれちょっと新しい第2世代の抗うつ剤で若干副作用が少ないとされています(が、私は思いっきり出ました。下記参照)。また体力がかなり消耗していたので漢方の補中益気湯睡眠導入剤その他も処方していただき、ようやく夜まともに寝られるようになりました。でもこの病院の通院を除けば、家でずっと寝た状態が続きました。東京から帰ってきて3月は寝たきりでした。抗うつ剤も最初は少量から初め、だんだん量を増やしそして効果が出てきますので、投薬開始から1ヶ月はやはり待たないとだめですね。でも副作用(私の場合、便秘、閉尿、立ちくらみがありました)はすぐに出るんですね。これには最初困りました。途中でこういった副作用を抑える薬(下剤:マグラックスなど)も処方してもらってようやく安定って感じでした。

6)リハビリ開始
4月になり、何とかヨーグルトとかカステラのような菓子が食べられるようになりました。そこですこしは体力も戻ってきているような感じだったので、昼間寝る時間をなるべく少なくすべく、椅子に座ってテレビを見るようにしました。ようやく普通の生活に向けてのリハビリの開始です。しかし、テレビを見ててもあまりこれが面白くない。飽きてしまうんですね。あと集中力の無さ。これはあとでうつ病の勉強をしてからわかったことですが、まさにうつ病の症状です。でもこれはしょうがない、興味がもてるようになるまでテレビは見るようにして、新聞も見るようにする。でも結局内容は頭に入らないです。しかし、だんだんと食べるものの量がすこし増えたり、病院からもらっている薬が効いてきたためか体力や気力が戻ってだんだん集中力も上がってきます。ですから、無意味と思っても続けないとだめですね。大体一日中座っていられるようになったので、次はお店番をやることにしました。うちの実家は小さな電気店です。住居と店が一緒の建物にあります。店からは外の様子も見ることができます。しかし、実際始めてみると今まで店番をする事なんて何とも思ったことはなかったのですが、結構しんどいのです。立ったり、座ったり、お客さんの対応をしたり、出入りの業者さんの相手をしたり、これが結構しんどいのです。だから、最初はしんどくなったら奥の住居の部屋に戻って座って休むようにしました。でも、これも毎日やってるとだんだん慣れてくる。次はいよいよ外に出てみることにしました。体力をつけるためにも散歩ができればいいなと思っていました。しかし、これも最初はきつかった。まずまっすぐ外を歩けないのです。なんか道がゆがんでいるように感じて、まっすぐ進むつもりでも右に行ったり、その逆もあったりで危なくてしょうがないです。しょうがないので最初は車の通りの少ない道を行ったり来たり、周りの風景を見ながらまっすぐ歩く練習をしました。そして何とか外に出ても平衡感覚が保てるようになって、ちょっと長めの散歩コースを歩くようにしました。最初は10分ぐらい。だんだん伸ばして、30分ぐらいのコースを毎日夕方に歩くようになりました。ここでふと自転車や車に乗ることに対してすごい不安を感じていることに気づきました。自転車に怖くて乗れないのです。自動車も同じです。この頃はまだ通院は弟にお願いしていました。自分で車が運転できれば通院は自分でできるんだけど、非常に怖いのです。このことを精神科医に話してみたところ、レスタスという薬を処方してくれました。これが何故か良く効きました(実際ほんとにこの薬の作用なのかは今もってよく分からないですが)。不安感がなくなったのです。自転車にも乗ってみました。ちょっとふらつきますが、乗れます。車は土曜日の早朝、車が走ってない時間帯に家の周りを走ってみました。大丈夫です。このあと、リハビリは散歩1時間以上、車で通院、まで自転車で買い物などできるようになりました。しかし、まだ落とし穴はありました。街に出て人が多いところに行くと、なんか平衡感覚を失って気持ち悪くなります。確かに、何ヶ月も人の多いところになんか行ってなかったですし、寝たきりの生活もしてましたから当然かもしれません。これも慣れるしかないかと割り切って、自転車に乗って街に出て人ごみに紛れて訓練しました。この時ちょうど6月初め。家ではほぼ普通の生活ができるようになっていました。ここまで来るのに3ヶ月かかりました。ただ、食はまだ細くあまり食べられないのです。また頻度は低くなったものの吐き気やめまいもありました。


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