祖父の死

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2007年は祖父の死で締めくくった。私にとっては大変悲しい事であった。

 

 

両親が電気店を経営して共働きだったため、私は祖父、祖母によって育てられた。物作りが大変好きだった祖父は私が物心ついた頃から作業部屋で道具の使い方や物を作ることを教えてくれた。祖父はどんなに見栄えが悪くてもオリジナルな物を様々な部品を工夫して作り上げる事をいつも教えてくれた。幼いころからクラフトマンシップを私に身に付けさせてくれたのである。女学校の教師をしていた祖母は大変厳格で厳しい躾を行ってくれた。何度叩かれたかわからないほどだ。でも、祖母のおかげで人間としての品格を私に身に付けさせてくれた。祖父、祖母のおかげで私は社会人になっても恥じる事のない立派とは言えないがまともな社会人として独り立ちできた。そして今、私は世界に名が通るメーカーの現役エンジニアである。祖父、祖母、がいなければ今の自分は無いだろう。

 

祖母はすでに他界しているが、亡くなる時に死に目に会うことができなかった。私を宝のように育ててくれた人間に礼一つ言えなかった。その時の悔しさはずっとあった。祖父は昨年の10月に体調不良で病院を訪ねたが、その時医師に末期がんと診断されそのまま入院となった。その時家族に告げられたのは“余命1カ月”だった。父の死はこの目で確かに看取ったが、祖母の死を看取れなかった事もあり、祖父の最期は私が看取らなければならないと思った。

 

毎日のように弟と連絡をし祖父の容体を確認し、時間ができたら実家に帰り祖父の看病をした。家族の看病や祖父本人の生きることへの執念(祖父には末期がんであることは告げなかった。また、祖父は最期まで自分が死ぬという事を口にしなかった。)のおかげか、10月を過ぎ11月も何とか持ちこたえる事ができた。11月も3連休は祖父の看病のため実家に戻った。小康状態を保ったまま12月に入り帰省のタイミングをはかっていたのだが、18日に弟より祖父の容体が悪くなり個室に移されたとの連絡を受け、会社を定時で退社した後すぐに準備をして新幹線に乗り病院へ向かった。病院側から24時間で祖父の看病に張り付いて欲しいとの指示もあったので、18日はそのまま私が夜中看病に張り付いた。その後は孫3人(私を含め)でローテーションを組み看病を行うことにした。しかし、20日の夕方あたりから嫌な予感がしたので、その日の夜中は私と従弟二人で看病した。いやな予感は当たり、日が変わった21日午前1時半ぐらいから祖父の呼吸がおかしくなり、用心深く見ていたところ心拍が弱く、呼吸回数が減ってきていることに気づき従弟と共に”おじいちゃん”と叫びながら、実家にいる母や弟を電話で呼び出した。しかし、あっという間に呼吸は止まり、それに続いて心拍も止まってしまった。祖父の最期は従弟と私が看取った。

 

祖父の看病や最期を看取ることもできた。最後の話もいろいろとできた。でも、実の祖父を失うと同時に師匠としての祖父も失った衝撃は小さくない。私が仕事で設計した商品についていろいろと話をしてくれたり、私が好きで買ってきたいろんな物を見せていろいろと話をしてくれた祖父がもういないのである。祖父が亡くなった瞬間、それまでの祖父との思い出を心に刻まなくてはいけなかった。もうこの先は無いのである。祖父は今後私の心の中で生きていくのである。

父、祖母、祖父、この3人の思い出は私の心に刻まれて、私の中で生きている。そしてそのうちそれらの記憶も薄れ、私自身の中に収斂するんであろう。そうやって最後に本当の意味で独り立ちできるのかもしれない。

今回祖父の最期を看取って祖父から教わったのは、”最後まで諦めない、不屈の精神”を祖父自身の命をもって見せてくれたのだと思う。私は祖母、祖父にかなり大切に育てられ、長男ということもありおぼちゃま育ちになっていたのだが、それを最後にいさめてくれたのだと、確信している。祖父のその教えにどこまで付いて行けるかわからないが、肝に銘じておきたい。

 

しかし、改めて終末期医療というのはかなり大変だということがわかった。父が亡くなった時もそうだったが、祖父の死去の後も葬儀などで寝る時間もなくかなり体力を消耗する。精神的にもかなりきつい。その反動か、私は今年の元旦から激しい下痢を伴い、高熱を出しダウンしてしまった。もう1週間近くなるがまだ治らない。明日から仕事というのに。

 

現在でも終末期の患者を抱えた家庭は多いと思う。患者本人の意思を大切にしつつ、周りの家族の方も後悔の無い看病をしてあげて欲しいと思う。一生に何度もある事ではないですから。

 

 

故 貝吹 昌男 93歳。 2007年12月21日午前2時5分逝去

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このページは、えびが2008年1月 6日 19:11に書いたブログ記事です。

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