自宅サーバーハードウエア更新

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1年ぶりぐらいの書き込みになります。なかなか転職後一年は辛いですね。

自宅にあるサーバーマシンは今までデスクトップで使っていたものをお下がりで使っていました。なので、パフォーマンスはそこそこのものでしたが、電気はバカ食いするし、スペースも取るし、ファンノイズも結構ありました。昨年の地震以来、電力事情もあるので次期サーバーはデスクトップマシンではなくそれなりの物に変えようかと思ってました。今まで使用していたサーバーのHDDが昨年後半からエラーを吐くようになり、1回はシステムが止まってしまったこともありました。データサーバーも兼ねているため貴重なデータの損失は避けなければならないので、次期サーバーマシンを用意して切り替えるタイミングを見ていましたが、先週末に切り替え現在新サーバーによる運用にほぼ切り替わっています。

新サーバーは上記の問題点を克服すべく、以下のようなスペックのものを作成しました。今回は作成時の写真とともに紹介致します。

CPU : Intel Xeon E3-1260L

MB: Intel S1200KP

MEM: DDR3-1066 8GB x 2 ECC

HDD: WD10JPVT

Case: ASKTech NT-TX3000

と言うことで、なんちゃってXeonサーバーかつファンレスです。

 

IMGP0205 IMGP0211

部品とケース

 

IMGP0208 IMGP0213

Intel mini-ITXのMB

始めてITX使いましたが、小さいですね。これでもチップセットはサーバー用(C206)です。

右の写真は既にCPU、DIMMをマウントした状態です。

 

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今回ファンレスケースを用いました。CPUのヒートシンクはケース部品として装備されています。

左は付属のCPUヒートシンクを付ける前です。右が装着後。

 

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さらにヒートシンクからヒートパイプを通してケースに熱が伝導される仕組みです。

右は全ての部品を組み込んだ状態です。

 

IMGP0222

で、完成と。

 

この後、OS(今回からDebian/GNU LinuxからUbuntu server 64bitに変えました。同じか)をインストールし、旧サーバー

のデータなど移行して動作確認しておりました。

 

このサーバーを旧サーバーと置き換えましたが、なんと言っても静かです。部屋の時計の音まで聞こえるようになりました。無線通信時にはいつもヘッドフォンを用いてましたが、この静かさならスピーカーで聴いても十分かなというレベルです。また、PCに付けたオーディオの音も小さい音がよくわかるようになりました。

ただ、旧サーバーはかなり熱を出していましたので冬場は特に暖房無しでも暖かかったのですが、新サーバーに変えたら部屋が冷え切るようになりました。まぁ、夏場はクーラーがよく効くようになるという事だと思いますが。

CPU負荷を掛けると最高で65度ぐらいまで上がりました。夏場だと70度超えるかも知れないですね。

レンタルサーバーが手頃で利用できる現在、自宅でサーバーを持つことにどのくらい意味があるかわかりませんが、ま、趣味なので。

放射能に対する知識

現在東北関東大地震に伴う福島第1原発の破壊により非常に緊迫した状態になっているのですが、この事故に伴う状況判断をするには適切な知識が必要です。マスコミやインターネット上でやりとりされている情報を見る限りでは不適切と思われる判断や解釈があるように思います。

私は医療放射線物理に関する知識が少しはある人間ですが、さすがに正確に状況を説明し放射能に対する正しい知識を伝えられるほどの実力は無いと思っています。

このような状況で著名な学者による今回の福島第1原発の事故を含めた放射能に対する基本的な解説が公開されています。高校の物理、化学レベルの知識があれば十分理解できるのではないでしょうか? 日々不安に感じている方も多いと思いますが、その不安はある程度の知識により軽減する事ができると思います。正確な知識と冷静な論理的判断があれば無駄に不安を感じる事も無いと思います。

量子物理学者の方々による解説が以下のURLにて公開されています。私も拝見致しましたが、専門家対象では無く、一般の方に向けた資料として最も重要な部分が解説されていると思います。

http://ribf.riken.jp/~koji/jishin/ (ページ内下方ににPDFファイルのダウンロードリンクがあります)

ぜひ、ご覧になった上でマスコミ等からの情報を判断する基礎として役立てて頂ければと思います。

Linn DS firmware update

Linn DSシリーズのファームウエアが久々に次期バージョン(Davaar 4.1.3)を公開しているようです。

 

image

早速アップデートしてみました。

このバージョンでは現行バージョン(Cara)との互換性がないとの警告が出てきましてので、少し注意が必要かと思います。

まだアップデートしただけで使い込んでないので違いがあまりわかりませんが、興味のある方でリスク覚悟の方はお試しあれ。

ちなみに制御ソフトのKinskyDesktopのバージョンアップも行わないとDSが検出できません。

http://oss.linn.co.uk/trac/wiki/DownloadKinskyDesktop

また、Ipod touchなどの制御ソフトも使えないようです。(ちなみに私が使っているPlug Playerもだめなようです)

なので、要注意ですよ。


#2011.4.8 追記

iPODでのPlug Plyerですが、3.6にて対応したようです。ただ、そのまま旧バージョンからアップデートしてもDavaarのDSを制御しようとするとうまくいきません。いったんデバイスリストをクリアして再度DSを選択するとうまくいきます。デバイスリストをクリアできない人はiPOD上のPlugPlyerをいったん削除してiTunesから再度シンクして再インストールすればうまくいきます。当方では確認済み(iPOD touch 1Gen)です。

kai3.orgサイト不定期停止

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東京電力の輪番停電のためこのサイトを運用している自宅サーバーが継続運用できなくなります。現在本日(2011/3/14) 1200-1600の予定でサーバーが停止する可能性が高いです。サーバー停止期間このサイトへのアクセスができなくなります。

停電復旧後速やかにサイト復旧させる予定です。今後この状態がしばらく続くと思いますが、ご了承のほどお願いします。

administrator@kai3.org

万年筆

PCを使うようになってうん十年経ちますが、意外に手書きも無くならない物です。ドキュメンテーションなどはさすがに全てPCでやっていますが、アイデアの捻出や落書きはやはり手書きにかないません。昔は鉛筆(シャープペンシルも)を使っていたのですが、さすがに芯の減りにより線質が大きく変わるのですこし面倒になり、それ以来万年筆を使ってます。

母親がずっとつけペンを使っていて(さすがに今は使っていない)、それで店の帳簿を全部つけてました。あの線質のイメージがずっとあり自分でも使ってみてやっぱりなかなか良いと感じました。中学生の時まで書道をやっていた事もあり手書き文字に対する変なこだわりもありました。また筆と墨で字を書くのもいいのですが、実生活での利用シーンがあまりないので、実用性もありなお活字に色々と変化を付けられる万年筆を使っている次第です。

今年になって楽天のポイントが結構たまって放置されているのに気づいたので、そのポイントを使って一本さらに買ってしまいました。

 

DSC00158

奥が今回買った、PILOTエラボー。手前は以前から使っているキャプレスFERMO

今まで使っていた万年筆にはブルーインクを使っているのですが、やはり時々黒インクが使いたい時があります。黒インク用に一本欲しかったというのもあります。という事で、ペンの色と合わせてエラボーには黒インクを入れてます。FERMOはブルー(朝顔)です。これらの2本とは別にもう1本主に自宅で使っているペリカン デモンストレーターがあります。

 

DSC00160

一番右がペリカン M205デモンストレーター

現在この3本体制でやってます。エラボーはほぼサイン専用ペンと化してますが。

手書きもたまにはいい物ですよ。ただ、めんどくさがりやインクで手が染まるのが嫌いな人には”万年筆”はお薦めしません。(万年筆でもカートリッジを使えば手が汚れる事は無いと思いますが)

では。

PCの更新

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昨年末に自宅のメインコンソールPCがいきなり壊れてしまった(ブート不可)ため、年末は新PCへの移行に結構手間をとられました。メインコンソールPCはずっと自作品を使っており、これを機会に現行の物に入れ替えました。新しいMBがちょっと色々とあり最近ようやく安定してきたので、ちょっと紹介しておきます。

 

旧PCのスペックは:

MB :  ASUS P5E

OS : Windows Vista Ultimate 32bit

CPU : Intel Core 2 Quad Q6600 2.4GHz @3.0GHz

GPU : Force3D ATI Radeon HD4870x2

Memory: 1GB DIMM x 4 @1066Mhz

HDD : 500MB x 4 RAID 10 @ICH9R

DTV Tuner : Pixela PIX-DT012-PP0

です。かなり長い間使いました。Vista発売当時からでしょうか。結構安定して稼働しておりました。このPCが壊れてからHDDからデータだけは何とかサルベージして新PCへ移行しました。

新PCのスペックは以下になります。

MB :  GIGABYTE GA-X58A-UD5

OS : Windows 7 Ultimate 64bit

CPU : Intel Core i7-950

GPU : Force3D ATI Radeon HD4870x2(流用)

Memory: 2GB DDR3 DIMM x 6 @1333Mhz

HDD :  WD1002FAEX + WD1001FALS AHCI

DTV Tuner : Pixela PIX-DT230

CPU,OSを一気に現世代の物に変えました。さすがに旧PCよりさらに快適になり、Adobeや3Dモデリングが普通に使えるようになりました。MBを久々にGIGABYTEにしたのですが、このMBはちょっとまだ完成度が低いような気がします。そういう意味では初心者向けではないです。ま、このMBを買うような人はそこそこやってる人ばかりでしょうけど。

旧PCはスタンバイ動作に問題があり、スタンバイや休止状態が使えずちょっと不便でしたが、新PCは何とかスタンバイもできるようになりました。(ここは新MBでも手こずりましたが) 年末にパーツを秋葉原に調達に行きましたが、やはり自作PCの市場は昔に比べると小さくなっているような気がします。やる人が減ったんですかね。やはり、それなりの知識や経験がないと高い買い物になりますから、安易にはやらない方がいいでしょうね。

今週ぐらいからSandyBridgeも出てきてるので、最新パーツで一台作るのもおもしろいでしょう。

インターネットのS/N

現在ではインターネットのない世界などなかなか想像さえ付かない状態になってきましたが、現在の商用インターネットができる以前、私が大学生時代にはまだ大学さえネットワーク化されていませんでした。私が研究室所属になった時から研究室のコンピューター管理者になると共に大学のJUNET参加や学内のイーサネット化をやっていました。大学では初代のポストマスターにもなりました。JUNET時代は参加者は大学、研究機関で例外なく記名での情報のやりとりでした(匿名にしようにもメイルのリレーパスを見れば一目瞭然でしたからね)。ネットワークの運用に関する情報や研究に関する情報のやりとりを行うことで非常に有用なネットワークでありました。JUNETを経てWIDEなどの学術ネットワーク機関がIIJへ分化し多くの商用ネットワークの運用が開始され現在のインターネットを形成しました。インターネットがここまでになるとは、正直私もその時は思いませんでした。万人が参加できそのメリットを享受できるようになりましたが、インターネット上の情報の質(利用者にとっての有用な情報の量)はやはり大きく下がったと言わざるを得ません。かつてはこの情報量の質、S/Nが非常に高かったため情報の選別や解釈に多くの手間をかけなくてよかったのですが、現在行き交う情報に対してはこのS/Nを上げるための知識、技能が非常に重要となります。結局ここ10年ぐらいのインターネット上でのサービスというのはこのS/Nを上げる仕組みを提供しているに過ぎないようにも思います。かつては必要無いぐらいだった物ですが。

このネットワークのS/Nが下がったのはS(利用者にとって有用な情報の量)よりも遙かにN(利用者にとって不要な情報、および有害な情報の量)が莫大に増えたからに他なりません。いかにこのSの部分を効率よく手に入れるか、が重要という事ですね。かなり昔からData Miningを声高々に叫んでいたSymbolicsはやはりすばらしい。(Symbolicsってまだあるのかな?) このような状況が現在の情報戦と言われる状況を作っているのでしょうね。このような状況も一つの手段にはなるでしょうが、これで世界の価値基準が変わるのは正直頂けない。

と言うことで、日々膨大なメイルやRSSの処理をしている私ですが、自分なりに情報に対する選択度、感度を上げる工夫をしないと情報に押し潰されてしまいそうです。皆さんはどのような工夫をされていますでしょうか? 既に古くなって居るであろう私にアドバイスを頂けると、ものすごく嬉しいです(^_^)/

初めての海外出張

今日はまた昔話をしたいと思います。

私はテレビ事業本部の一般海外事業部という部署に配属され新人として日々精進しておりました。入社後にまず担当したのは電源回路で当然一人で担当できる腕はないのでベテラン担当者に付いて毎日教科書と回路図とパターン図を見ながら論理検証と試作品の実機を見比べておりました。もう設計は終了しており、いよいよ工場でのオンライン(生産開始)を間近に控え緊張はピークに達しておりました。先輩方は工場でスタンバイしており日々状況が日本の部署へ報告され事業部、現場とも対応に追われておりました。現場からの電話やFAXが怖かったです。

いよいよオンライン3日前となりもう量産Go(実際はマウントGo)といったある日、工場の資材からある部品が納品されないという報告がやってきました。部品は1モデルでも1000点以上ありますが、当然その中の一つでも足りなければ作れません。その部品は電源回路で使われるブロックケミコン(大型の電解コンデンサ)でした。課長からすぐに呼ばれ部品メーカーに確認し調達方法を考えろという指示でした。この時点で量産計画の変更は不可能でもしオンラインできなければ当然ながらスケジュール通りの出荷も厳しくなります。これは非常に大変なことで単に販売会社への信用がなくなるだけでなく、契約違約金の支払いなども生じます。当然工場の生産計画も大きく変える必要がありほかのモデルの生産計画も変わります。要するに3日後にマレーシアの工場のマウンターに部品をセットしなくてはいけないという事です。部品メーカーの担当者と連絡を取り部品の調達を考えました。世界中の在庫を確認してもらいさらに部品メーカーの工場での生産も何とかできないか色々と協議しました。その結果マレーシア調達分だけでは足りなく日本の工場で生産した物を至急送らないといけないことになりました。しかし、通常の輸出ではとても3日ではマレーシアに送れません。状況を課長に報告したところ、部品メーカーから部品を受け取っておまえが工場へ持って行け(ハンドキャリーしろ)、との指示でした。いきなりの出張命令でした。2時間後には私の机の上には飛行機のチケットとインボイスがさらっと置かれており、その後部品メーカーから不足分のケミコン5000個ほどが届きました。5000個ほどのケミコンというのは一辺が1mの段ボール箱一箱以上です。段ボールに詰められないケミコンはスーツケースに入れ私の荷物とともに何とか手荷物2つに抑えました。飛行機はマレーシア直行便が取れずシンガポール経由クアラルンプールになりました。夕方発の便で成田発なのですが、成田でチェックインしようとしたところ手荷物の重量が30Kgを超えていたためエクストラチャージを取られてしまいました。ま、当然なのですが。そのときはまだ全くの素人だったため、そこでビジネスクラスにアップグレードするとかいう技を使えませんでした。(ビジネスクラスは手荷物の重量制限が増える)

ようやく飛行機に乗り(大好きなSQでした)ちょっと落ち着けるのですが、ここで寝ていてはいけません。部品が無事工場のマウンターに届くまでのシナリオを考えてそこに潜むリスクを考えていました。が、まだ新人の私に想像できることなどたいした事はない(今となってはほんとにそう思います)のですが、やはり不安です。この後待ち構える中ボスキャラをこの時点で想像できる訳がありません。やはり仕事はその前線に立ってなんぼです。

飛行機は約8時間後にチャンギ空港に着きました。もう22時ぐらいでしたが、乗り継ぎが短く走って次の便のゲートに急ぎます。ちょっと急ぎすぎ時間ができたのでゲート前の椅子に座って雑誌を読んでいました。周りにもサラリーマンらしき人も居たのでそれに混じって余裕をかましていました。雑誌を読みふけっていると周りの人がなんか居ない。もう搭乗始まってる? と思いゲート前の掲示板を見るとゲート変更になってるじゃないか! さすが周りのサラリーマンは早い。 猛ダッシュで新ゲートに向かうともう乗り込んでる最中でした。やはり海外を飛んでる日本人サラリーマンは動きがいい。

SIN-KULは1時間ほどです。乗り込んだ飛行機はMHで結構ぼろい。機内サービスもありません。1時間はあっという間ですぐにマレーシア国際空港(もう古い方です。名前は非常に難しいので未だに覚えられませんでした)に到着し、入国審査を早々に済ませ(ここは難なく通過できた)、一番大切なケミコンを受け取るため、荷物ゲートで待ちます。しかし、ここで中ボス。30分ぐらい待っても出てきません。もう周りの客もかなり減って私を含め数人になりました。ひょっとしてチャンギでロストか? いや、そもそも成田で積み忘れ? もう、血の気が引きました。実は荷物のロストは結構よくあります。私も2回ほど経験があります。直行便なら比較的安心なのですが、経由する場合経由地で荷物が違う便に乗ったり(いきなりロンドンとかに行ったこともありました)、積まれなかったりします。日本の空港はそういうミスはあまりないのですが、海外の空港は本当に当てになりません。急いでカウンターに行き検索してもらいます。係員の人からシンガポールでちゃんと乗ってるのは確認できたので来てるはずだという事だったので、待つこと10分、なんかぼろぼろになった箱が出てきました。いい加減にしろと言いたかったですが、そんな暇はありません。既に0時過ぎてましたので。気を取り直し、段ボール箱にロープを巻き箱を引きずりながらカスタム(税関)へ。会社の先輩からマレーシアの税関はいい加減だからグリーンベルト(非課税申告ゲート)を行けばいいと、まんまとだまされていた私はグリーンベルトを通過しようとしていました。しかし、1m四方のでかい段ボール箱をロープで引きずっている奴をそのまま通す訳がありません。もう深夜の空港出口で人もまばらで暇そうにしている税務官5人に囲まれ、ちょっと来いと引っ張られてしまいました。あっさりと箱と手荷物すべてを開けて見せろと言われ、そこで口で交渉するなどという高度な技を持っていなかった私としては言われるまま、手荷物と部品すべてをぶちまけ、尋問開始となりました。これは何に使う?から始まり、インボイス持ってるだろ? インボイスありながらなぜグリーンベルト? マレーシア初めてだろ? おまえ誰だ? と状況は悪化の一途をたどり遂に別室に入れられ、パスポート、社員証を取り上げられ尋問されること1時間ほど、税関のちょっと偉い人と思われる人がやってきて、今すぐマレーシアの工場に連絡しろと言われました。しかし、もう夜中、人は居ません。その旨説明しましたが、私が会社の人間であることが確認できない限りここを出せないと言われました。もう泣きそうでしたが、どうしようもないので現地に赴任している先輩に電話をして状況を説明したところ、すぐに空港に迎えにきてもらえることになりました。先輩を待つこと30分ほど、ようやく先輩から説明してもらい私が会社の社員であることは信じてもらえました。が、肝心の部品は税関で保留するとのこと、おい、そこが一番重要なんだよ、と思いながら私が焦っていると先輩が交渉し朝に工場の現地の人間を引き取りに来させるという事で話がまとまりました。おまけに現金でデポジットを山のように要求されましたが、先輩があっさり払っていました。ま、この辺は色々あります。

先輩と空港を後にし、私の宿泊予定のホテルに送ってもらいました。さすがに先輩も眠いという事でホテル前で別れ、私は一人ホテルにチェックインしようとしました。庶務さんからはホテルの予約も確認していましたが、予約番号などを控えてくるのを忘れていました。で、受付で私の名前を告げ予約している旨を伝えたところ、”No book with your name”、予約無い、と言われてしまいました。おい、もう3時過ぎてるのに、眠れないのか? と途方に暮れてましたが、もう何とかしてくれ、うちの会社の社員がいつも使ってるじゃないかとごねていたら一部屋用意してくれました。やっぱり海外では言ったもん勝ちです。しかし、部屋に入った時には4時を回っており、6時には起きて工場へ行かなくてはいけません。結局1時間ちょっと気を失っただけでした。7時に先輩がホテルに迎えに来てくれ、そのまま工場へ向かいました。工場では先輩たちが待っていてくれ、よく来れたな、と言う訳のわからんことをぬかしておりました。で、経緯を話し、部品はまだ持って来られなかった事を話すと、”おまえだけ来てどうする”と元もこうもないことを言われる始末。しかし、工場のマレーシア人社員が既に空港に部品を受け取りに向かっていて、私が工場到着後1時間後には無事ケミコン5000個をラインに投入可能となりました。一応、私の任務完了です。ここで、もう気を失いそうになりましたが、日本にいる課長に報告しようやく終わったか、と思った瞬間、課長からはそのまま製品出荷まで現地で対応しろと言われました。君の飛行機チケットオープンだからいつまで居ても問題ないとか言われてしまいました。飛行機のチケットのこともよくわかっていなかったのですが、私が渡された飛行機チケットはオープン(要するに片道チケット)だったのです。課長としてはハンドキャリー後、そのまま現地でのオンライン要員として現地対応させるつもりだったのですね。ま、普通そうですけどそう言ってくれ。前日の税関で尋問を受けた時にチケットも確認されましたが、オープンチケットだったのはかなり悪印象だったことでしょう。今となってはこの辺のことはぬかりなくできますが、何も知らない新人にはハードなOJTでした。

その後2週間ほどマレーシア工場に滞在し、その間にはさらに色々と修羅場がありました。日本に帰国する頃にはもう半年ぐらい経ってるんじゃないかと思うほど、いろんな経験をしてました。世界を股にかける仕事のほんの一部分を経験するきっかけでした。正直、世界で仕事するのは言うとかっこいいですがやるのはかなりしんどいです。たくさんの海外出張で飛行機移動中に商社の方とかともお話しすることもありましたが、本当にしんどいです。ただ、おもしろいし、こうやって話のネタにもなります。

今や情報だけなら誰でも世界を股にかけることはできるでしょうが、やはり自分の足と五感で股にかけましょう。きっと今まで見えなかった物が見えるようになります。

以上、私の昔話でした。

明けましておめでとうございます

今日は1月5日。すでに会社などは業務を開始しているところがほとんどだと思います。私の旧職場も今日からですね。

私は遂にすべての肩書きを失いましたが、今日からピンの仕事人として活動しています。とりあえずは、求職活動、その他営業をしています。家の部屋を大きく模様替えして、仕事ができる環境を整えました。年末年始は家の中が大変なことになっていましたが、ようやく昨日ゴミの収集が始まり少し片付いてきました。

今月は役所などの手続きの作業も多いので結構時間をとられます。求職活動に向けての資料作りも結構時間がかかります。環境の変化に対応する、というのは口で言うのは簡単ですが、結構大変なものですね。

今年2日に嫁の実家に行くついでに初秋葉原詣でをしようとしたのですが、あまりの人の多さにあっさりと退散しました。今日か明日あたり行きたいと思っています。神田明神に参っていい仕事に巡り会えるようお願いしてきたいと思います。

私にとっては今年は多難なスタートとなりましたが、ここから急上昇できるよう努力したいと思います。皆さんにも負けないようがんばりたいと思います。

では、本年もよろしくお願い致します。

アナログテレビの話

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さて、11月の電気店のテレビ売り場は大変な事になってますね。来年のアナログ放送中止に伴うテレビの買い換え、エコポイント制度もあり皆さん買い換えを進めていらっしゃいます。それに伴いアナログテレビ、主にブラウン管テレビはいよいよこの世から無くなっていくんですね、ちょっと寂しいです。既にお話ししたように私はテレビ技術者です。さらに言うとアナログテレビの設計者としては本当に最後の世代の技術者です。事実、私より若い世代でアナログテレビの設計に従事していた人はほとんど居ません。私は多くの先輩技術者からテレビの発祥からの歴史を含めた技術の遷移をたたき込まれてきました。なぜなら、最新の技術だけ知っていたのでは、過去のノウハウを知る事ができないからです。また、最新の技術だけが最新の最高の商品を作れる訳でもないからです。組み込みプロセッサの実装から真空管制御技術まで全てを含んだ商品が、ブラウン管アナログテレビでした。そんな最後のアナログ世代のおっさん技術者がアナログテレビとはどんな物だったのか少し紹介したいと思います。当然、これはこれから皆さんの生活を担う現在のデジタルテレビとの対比をする為の豆知識として見て頂けると嬉しいです。

アナログテレビなどとよく言われていますが、アナログテレビの何がアナログなのでしょうか?そもそもアナログって何?と言う事をよく理解しないといけませんね。ただ、ここでアナログの対比として表現されるデジタルの説明をしてしまうと大学の講義1コマぐらいにはすぐなってしまうので詳しく知りたい方は各大学の理工学部へ行ってください。アナログテレビとはここでは、アナログビデオ信号フォーマットで送られる電波を受信し表示する機械ということにしておきましょう。でも、アナログビデオ信号って何?と思われる方は多いでしょう。これをきちんと理解するにはこれまた非常に大量の説明を必要とするのですが、ここでは言葉だけでの説明として俗によく言われていたNTSCとかPALとかSECAMと言われる規格(決め事)で放送されているビデオ信号としましょう。現在放送されているアナログ地上波放送はまさにこれですね。さて、次に進みます。

ではアナログテレビの中はどのような仕組みになっているのでしょうか? ちょっとここに大まかな中身の構成を書きます。

 

(アンテナ端子) → チューナー → IF(特定のチャンネルの信号) → VIF/SIF(ビデオと音声の分離) →

VIF検波 → Y/C分離(輝度信号と色信号の分離) → C/YUV変換(色信号を要素毎の信号に分解) → YUV/RGB変換

→ ブラウン管に出力

 

と、かなり大ざっばに書いてしまいましたが、ごめんなさいこれ以上簡単に書けません。それにこれは映像信号だけの処理部分です。音声はまた別です。しかしこの信号の流れは結構重要でデジタル放送になった今でも基本変わりません。この流れに沿った説明をします。

チューナー: これは受信した電波の中から特定の信号、ここでは皆さんが見たいチャンネルの電波だけを取り出す部分です。リモコンでチャンネルのボタンを押すとテレビの中ではここのチューナー君が動作を変えています。また、テレビは正式名をテレビジョン放送受信機と言いますがまさに受信機たるのはこの部分です。電気回路的には高周波回路となりかなりレベルの高い設計が必要な部分です。現在でも残っている数少ないアナログ回路ブロックです。

IF: 中間周波数と言います。選局された特定のチャンネルのテレビ放送信号をこの中間周波数に変換した物です。実はこの中間周波数の設定は各社のかなりのノウハウがあるので通常非公開です。画音質を決める結構根元だったりします。私も苦労しました。

VIF/SIF: これは上の中間周波数からさらに映像信号(VIF)と音声信号(SIF)に分離された物です。カラービデオ信号の規格はまさにこのVIF部分から規定されています。ようするに、NTSCだとかPALというのはビデオの信号、さらには色信号の部分の規格です。

Y/C分離: これは聞いた事があるかも知れませんね。Yは輝度信号、Cはクロマ信号(色信号)を指します。映像信号は輝度と色とに分けて処理する訳です。なぜそんなめんどくさい事を?と思われる方もいるでしょう。それはテレビの歴史にあります。テレビは最初白黒でした。すなわちY信号だけでできていた訳です。その後カラー化する際に白黒テレビとの互換性を保つ為、色信号を追加するような形にした訳です。ただ実際はこの経緯だけではなく、ビデオ信号処理の都合からもこの方が良かったりします。でも、この分離するのは結構大変なんです。各社さんかなりがんばっていました。

C/YUV変換: 単一のクロマ信号をYUV(色差信号)に変換します。なんで色差信号とかに変換するかって?それは画質の調整がしやすいからです。俗に言う画作りはここでします。映像に関する処理はこのYUV信号で行うのが便利です。このあとのRGBでの操作は難しいです。

YUV/RGB変換: YUVからRGB信号に変換します。RGB信号なのは3元色の加色混合によるカラー表現をするからです。写真などではCMYの3元色減色混合を使う事が多いですね。RGB信号はブラウン管のカソードドライブ信号となります。

このような仕組みでテレビの画像は表示されています。って全く分からない、意味がわからんという方ごめんなさい。技術者ではない方へどう説明すれば良いのか、正直分からないのです。それではいけないのですがね・・・

説明に対する苦情、ご批判は甘んじてお受け致します。また、もっと具体的にきちんと説明してくれと言うリクエストもお待ちしています。まぁ、今更アナログのテレビの事を知ってどうするというのはあると思いますが、技術者でない方なら知る必要は無いとも思えます。テレビを見る事に関してはアナログもデジタルも関係ないとも思いますので。あと、既に国内では枯れてしまった技術領域なのでこのような場所でお話しできると言う事もあります。最新のテレビ内部構成を教えてくれと言うリクエストには残念ながらお答えできません。ご勘弁ください。